子供のころ親が作るこれらは、米の食感の中に豆や栗のモサっとした食感がどうも納得行かなかった。
今日歩いて近所に買い物に。
道中日当たりの良い大きな墓地がある。
その敷地のこちらと向こうに大きな栗の木があり、それぞれの木の下で風に吹かれて落ちたばかりの栗を一つずつ拾った。
どちらも大ぶりで、拳大の殻の中に1つの大きな実と、幅寄せされて葉っぱのような薄い実が2~3入っていた。
写真手前の実は卵のSサイズ位はあるほど。
このたった2粒、どうしたものか。
しばらくテーブルに飾ろうかとも思ったけれど、あまりの大きさと艶に食べてしまうことにした。
焼くか茹でるかでも良かったのだけれど、ふとたった2粒で栗ご飯にしてみようと思い立ち調理。
小さな鍋で湯を沸かし、栗を投入。
3分ほど茹で、火を止める。
2~30分置いてから湯から栗を取り出す。
柔らかくなった皮を包丁で剥く。
炊く前の炊飯器に一緒に入れる。
米には醤油、みりん、酒を少々。
たった2粒だったけれど、立派な香り良い栗ご飯ができた。
食べてみたらとても美味しい。
栗ご飯ってこんなに美味しかったのね。
旬の美味しさは、体で感じた季節の体験を伴って「美味しい」と理解出来るようになるのかな。
コメント
変わるんですよね・・年とともに・・・。